目の前を、たくさんの光が落ちていく。
　頭上の木の葉から、その間から、次々と光は落ちてくる。
　遠くを見れば、それは全て線になり、地面に降り注いでいる。
　天気雨。日の光がさす中を、落ちてくる水の粒。
　木の下に腰を下ろしたまま、星矢はそれを見ていた。
　雨が降ってきてからだいぶ経ち、すでに自分の体も濡れている。けれど、星矢は動こうとせず、ずっとそこにいた。 　目の前に、まるで星のきらめきのようにいくつも落ちてくる滴。

「…………」

　その輝きに、星矢はふとこれまで戦ってきた相手を思った。
　己を信じた者。己以外のものを信じた者。正しかろうが間違っていようが「正義」を貫こうとした者。
　彼らを倒したことに後悔などない。女神の聖闘士である自分が果たすべきは戦いであり、敵を滅ぼす事なのだから。
　それでも。
　ふと、思ってしまう。彼らもまた、自分の命を輝かせるために戦っていたのだと。

「柄じゃ、ねえよなぁ……」

　思う自分に、苦笑が漏れる。
　けれど、それはおそらく、忘れてはいけないのだ。
　雨に濡れた髪をかきあげる。
　空を見上げると、降る滴はいつの間にかまばらになっていた。

「雨は、いつかはあがる、か」

　降った雨は地に染み込み、木々を──世界を育てる力になる。
　自分達も、その雨の一滴なのだろう。彼らが、それでもそうであったように。
　星矢は目を細めた。
　いつか、自分達も、そうして大地の記憶になるのだろうか。

「……ほんとに、柄じゃないや」

　呟く。
　いつだって、前を見てきた。勝つことだけを考えて。
　こうして、振り返ることはあまりしてこなかったのに。
　いや、しないようにしてきたのか──。
　すでに空には太陽の輝きしかない。木の葉から落ちる雫がそれを受けてきらめく。
　星矢は立ち上がると、ぐっ、と背伸びをした。
　濡れたままで部屋に帰るとなると、辰巳がまた渋い顔をするのだろうが、そんな事は日常茶飯事だ。気にもならない。

「そういや、瞬が何かお菓子を作るとか言ってたっけな。腹も減ったしちょうどいいか」

　独り言を言った口元に、笑みが浮かぶ。
　こんな日常は、いつまでも続くわけではなく。
　自分達は、まだ戦わなければならないのだから。そうなれば、また前しか見ていられないから。
　だから、今くらいは。少しばかり感傷的になったところで誰も文句は言わないだろう。
　少しうつむいて、それから顔を上げて。

「さて、帰るか」

　その瞳には、迷いの色など微塵もなく。
　星矢の髪から雨の名残が一滴、ぽたりと地面に落ちた。

昴河さんから５０００アクセス記念に頂いた小説。
拙作の「雨」のイラストから発展させて下さったお話です。
あの絵の星矢には自分自身納得出来なくて、いつかフォローになる絵を描きたいと思っていたのですが、昴河さんが鮮やかに彼の立ち直りを描いて下さって、感激ひとしおです。
前向きな部分とか大人びた部分が私の理想の星矢像に重なって、じんと感じ入りました。
星矢には手をさしのべてくれる人が居るけれど、それでも、ひとりで立ち上がって歩いて行ける強さを持った少年であって欲しいのです。
昴河さん、素敵な星矢を有り難う御座います。